生縁察智――小宮山 宏さん

T.Hidaka
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 「自分の頭で考え、自分でモデルを創りだそう」

 

 木枯し紋次郎ふうに言えば(旧いなあ!)、あっしにゃ縁のねえこって、ということが私にはいくつもある。その最たるものの一つが東京大学だ。こっちで縁をもちたくとも、私のおつむでは向こうが相手にしてくれない。

 

 その東大の総長秘書室というところから、ある日一通のメールがきた。小宮山宏総長が本を出すので手伝わないか、というものだ。小宮山さんは「知識の構造化」を提唱していて、それをテーマにした講演は多い。著書もあるのだが、講演をもとにしたよりやさしい解説書を出したいということだった。私ごときがと思ったが、光栄なことでもありお受けした。2006年のことである。

 

 じつはその年の春、日経BP社から『東京大学21世紀COE 未来へ続く「知」がここにある』という本が出ていて、私はそのとき東大の7拠点のCOEを取材し原稿を書いた。それが背景にあったようだ。

 

 ちなみにCOECenter Of Excellence)というのは文部科学省が2002年から取り組んでいる研究拠点形成等補助金事業で「日本の大学に世界最高水準の研究教育拠点を形成し、研究水準の向上と世界をリードする創造的な人材育成を図る」のが目的。スタート当時は「21世紀COEプログラム」という名称だったが、2007年以降は「グローバルCOEプログラム」として継続している。私が取材した頃は全国に約300COE拠点があり、そのうちの28拠点を東大が占めていた。

 

 本郷の総長室でお目にかかった小宮山さんは、学者というより知的でエネルギッシュな企業役員といった雰囲気だった。自己紹介をかねて拙著(『トコトンやさしいパーソナルロボットの本』)を差し出すと、パラパラとめくって「そうそう、こういう簡潔な書き方がいいんだよ」と言われた。ざっくばらんで、どこかべらんめえ調の口調(小宮山さんは1944年、疎開先の栃木・宇都宮で生まれているが、育ちは東京・新宿)に、私の緊張はいっぺんに解けた。夏目漱石の『坊っちゃん』が好きだというのもうなずけた。

 

 その後も、知識の構造化の考え方や講演の不明な点の確認などで何度かお会いしたが、飾らず、率直な物言いは同じで、知らないことは知らないとはっきりと言われる。おかげで余計な気を遣わずに済んだ。本当に賢い人は、やはり賢いのである。

 

 それだけに、5つほどの講演をもとに文章化するにあたっては可能な限りの注意を払った。関連書籍を読み漁り、小宮山さんの新たな講演も聴きに行ったりした。そして己の知識レベルの低さに辟易しながら、〆切を劇的に? 超過してやっと文章化作業を終え、『知識の構造化・講演』として陽の目をみた。小宮山さんにも版元のオープンナレッジ社にも多大の迷惑をかけてしまった。

           

 このお手伝いはとても勉強になった。知識の構造化の必要性を説くにあたって小宮山さんの言及する対象は人口、食糧、資源、エネルギー、環境、地球温暖化、ゴミなどに関する問題から、教育問題や構造主義にいたるまで実に広範で、それに何とかついていかなければならない。ソシュールやストロースといった構造主義者や、ストロースとサルトルの論争(サルトルが負け、実存主義は色あせた? らしい)などはこのとき初めて知った。おぼろげな知識の輪郭が明確になることも数限りなくあった。

 

 「知識の構造化」とは何か。小宮山さんによれば「細分化された分野に分散した膨大な知識を、相互利用可能にすること」である。世の中は複雑化し、学術や研究は細分化され深堀りされていく。IT化が進んで知識はビッグバンを起こしており、インターネットを使えば必要な情報はすぐに得られるが、それは巨大なジグソーパズルのピースを見ているのであって、知識の全体像が俯瞰できていない。そのため、専門家であっても判断ミスを犯すことが出てくる。

 

 その象徴的な例として、『行動と脳科学』というこの分野のトップジャーナルが1982年に行なった論文の再投稿実験がある。それは、12の学会誌から過去3年間に出た論文を選び、再投稿するというものだ。ただし、まったく同じ条件では検索システムに弾かれてしまうので、著者や所属、タイトルなどを変えた。12の論文が再投稿された学会では、編集責任者や査読者合計38人が目を通したが、そのうちの35人は再投稿であることに気づかず、再投稿なので駄目だと指摘したのは3人しかいなかった、という。

 

 ことほどさように、いまや知識は爆発的に増加しているのに、活用できない状況に陥っている。これを解決するには構造化知識(関連づけられた知識群)と人とITが三位一体となって機能する必要があると、小宮山さんは説く。

 

 少子高齢化、環境、エネルギー問題をはじめ、日本はこれから世界が遭遇するであろうさまざまな課題を先取りした「課題先進国」であるとも小宮山さんはいう。知識の構造化は、そうした課題を解決するためにも有効で「課題解決先進国」となることによって、日本は世界のフロントランナーになれる。そしてフロントランナーとしてやっていくためには自分の頭で考え、自分でモデルを創りだす必要がある――。

 

 「自分の頭で考えるっていうけど、大概は誰かが言ったことを繰り返しているだけなんじゃないかと思うんだよ。本当に自分の頭で考えるときに大事なのは、わかった! という実感。体感としてわかるんだな。わたしは40歳の頃、エネルギー保存則について、わかった! と実感した。だから、どんな人にどんな角度から聞かれても答えられる」

 

 体感としてわかると、やさしいそうである。だからやさしく説明できるが、あんまり説明がやさしいと、学者先生の小難しい解説を期待した人からは拍子抜けした反応をされることもあるらしい。いずれにしても、皆さん、誰かの受け売りではなく自分の頭で考えるように致しましょう(と、これも小宮山さんの受け売り?)。

 

 

chishiki.JPG                  ◎小宮山宏著『知識の構造化・講演』

 

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このページは、T.Hidaka2012年11月24日 15:54に書いたブログ記事です。

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